遠野物語を読む「白望山(白見山)」

遠野物語を読む「白望山(白見山)」

○「白望山(白見山)」

遠野物語』には、「白望山(白見山)」について次の記載があります。(現代語訳)

?〔33話〕「白望の山」(現在の白見山)に行って泊まれば、深夜にあたりが薄明るくなることがある。秋の頃、茸を採りに行き、山中に宿る者がよくこの現象に遇う。また、谷の彼方で大木を伐り倒す音、歌の声など聞こえることがある。この山の大きさは測りようがない。5月に萱を刈りに行くとき、遠く望むと、桐の花の咲き満ちている山がある。まるで、紫の雲のたなびくがごとくである。しかし、どうしてもそのあたりに近づくことができない。以前、茸を採りに入った者があった。白望の山奥で、金の樋と金の杓とを見た。持ち帰ろうとするが、たいへん重く鎌で片端を削り取ろうとしたが、それもできない。また来ようと思って樹の皮を白くし目印にしておいたが、次の日、人々と共に行ってこれを探したものの、ついにその木の場所をも見つけられずに終わった。

〔34話〕白望の山続きに「離森」という所がある。その小字にある長者屋敷というのは、まったく無人の境界地である。そこへ行って炭を焼く者があった。ある夜、その小屋の入口の垂れ菰を掲げて中を覗う者を見た。髪を長く二つに分けて垂れた女であった。このあたりでも深夜に女の叫び声を聞くことは珍しくない。

〔35話〕佐々木(喜善)氏の祖父の弟が、白望(山)に茸を採りに行って宿った夜、谷を隔てた彼方の大きな森林の前を横切って、女の走り行くのを見た。中空を走るように思われた。「待てちゃァ」と、二声ばかり叫んだのを聞いたという。?

○「白望山(白見山)」

この「遠野物語33話」に登場する「白望山」(しろみやま、標高1172m、現在の白見山)ですが、大槌町の西はずれ、遠野市土淵町栃内と宮古市小国・大槌町の境に位置する山です。「遠野物語33話」には、「白望の山に行って泊まれば、深夜にあたりが薄明るくなることがある。秋の頃、茸を採りに行き、山中に宿る者がよくこの現象に遇う」とあり、白見山は周囲からは目立たない山なので、山名はこの伝説に由来しているのではないかと思えます。麓の琴畑には、山の奥深くに迷い入った者の前に突然現れるという、無人豪農風の屋敷「マヨイガ」(迷い家)伝説が残ります。ヤブを泳ぐようにして登ると、樹齢何百年ものブナに、ミズナラ・カエデ・ダケカンバ・シナ・アオダモなどの巨木の原生林が、人の手の入らぬままに聳えています。春、ヤブの合間には、スミレやコキンバイ、ユキザサ・エンレイソウ・エゾアズマギク・エゾタンポポにキンポウゲなどが咲きます。秋には、広葉樹の森は全山真っ赤に燃えて美しいです。山頂は木々に囲まれ、あまり眺望は良くないのですが、枝越しに早池峰山岩手山の姿も見ることができます。

伊能嘉矩「閉伊地名考」では、アイヌ語で考察すれば白見は「石・矢の根」の意味であるとされています。アイヌ語からの地形の言葉を適用したわけですが、白望山(白見山)は長者屋敷を経るなどして、その稜線は立丸峠・川井村方面へと延びているのは、確かに矢の根と捉えて良いのかもしれません。しかし、白見山周辺やその麓である琴畑の習俗を考えた場合、白見山がアイヌ語の「石・矢の根」の意であると断定はしづらいところです。白見山も本来は「しろみやま」であり「白望(白見)」という漢字は、後からあてられたものであるかもしれません。「しろみやま」は音で伝わり、後から「白望(白見)」があてられたのが、本来は九州宮崎の「銀鏡(しろみ)」の地名が遠野まで伝えられたものと考えられます。九州宮崎の銀鏡(しろみ)には、「銀」という漢字があてられています。「銀」とは白金(しろがね)と古くから呼ばれ、黄金は金、白金は銀、黒金は鉄、赤金は銅などと、金属を「金」という総称で読んでいた時代での銀とは白を意味していました。つまり銀鏡とは、銀製の鏡を意味しています。ただ、山伏用\xB8

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この「遠野物語33話」では、白望(見)山での不思議譚に桐の花が登場します。「5月に萱を刈りに行くとき、遠く望むと、桐の花の咲き満ちている山がある。まるで、紫の雲のたなびくがごとくである。しかし、どうしてもそのあたりに近づくことができない」とありますが、この話においても白望山というわけではなく、どこか漠然と幻の山を意味している記述になっています。ただ、桐の花が流れてくる川があるのですが、ここでは笛吹峠に水源を成す河内川のことをいうのか。これは笛吹峠に沿った川でもあるので、行き着けない場所でもありません。しかし誰も辿り着けないのはやはり、幻の山から流れてくるものであり、自然のものではなく妖しの類であろうと悟ったために、誰も行かなくなりました。辿り着けないということから、この話の桐の花が咲き誇る遠い山と同じです。

ところで桐は、鳳凰の住む霊木とする伝説があります。この木を植えると諸々の禍を除くといいますが、桐の木を家の近くに植えると、位負けしてその家の家族の血色が蒼白となるといいます。桐の根は人間の生血を吸うから家の近くには植えられないとの俗信から、桐の花とは人里離れた場所に咲くものであろうとされました。ただ、「娘が生まれたら桐を植えて、結婚する時には箪笥にして渡す」との俗信がありますが、桐の成長と手間暇を考えれば、迷信であるといいます。実際は、成長した桐の木を売ってお金に換えて、支度金として娘に渡しました。「遠野市植物誌」で桐を確認すると、桐の殆どは自生ではなく植栽であるといいます。ただ唯一、ナラビヤマ沢に野生と思われる桐を見出しているといいます。このナラビヤマ沢とは、猿ヶ石川源流沿いの沢ですから、白見山周辺に桐の自生していた可能性は低いでしょう。桐は切れば早く芽を出すことから「桐(キリ)」と呼ばれるようなので、やはり殆どは人間に管理された植栽によるものが大半です。つまり、マヨヒガ(迷い家)の話も含めて辿り着けない様々な幻が発生するのが白見山周辺であると伝わっています\xA1

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遠野の怪奇譚の発生源でもある白見山は、様々な伝えが多いところです。その中での発光現象は、内藤正敏聞き書き遠野物語」によれば、白見山の背後にある蹈鞴場である金糞平からの火の手によるものではないか、との考察はあり得る話です。しかし、電磁波の問題も多少はあるのかもしれません。過去に大きな地震があった時は、トンビが群れ成して飛んでいたなど、普段見慣れない行動する生物の姿を見ることができるようです。ですがどうも、白見山の発光現象は持続する明かりですから、地震のそれとは違うようです。

【長者屋敷】

この「遠野物語34話」に出てくる長者屋敷は、恩徳の手前で国道をはずれ琴畑川を遡った先、山落場沢と広股沢の合流地点に近いところにあるようですが、確証はできません。長者屋敷の話は、次の「遠野物語75・76話」にあります。

?〔75話〕離森の長者屋敷には、この数年前まで燐寸の軸木の工場があった。その小屋の戸口に、夜になると女が窺い寄り、人を見てげたげたと笑う者があって、寂しさに堪えきれず、ついに工場を大字山口に移した。その後、また同じ山中に枕木伐り出しのために小屋を作った者がいたが、夕方になると人夫の者がどこかへ迷い行き、帰って後は茫然としていることがしばしばあった。このような人夫が4・5人もいて、その後も絶えず、どこへか出て行くことがあった。この者たちが後に言うのを聞けば、女が来てどこへか連れ出す。帰って後は、2日も3日もなにも覚えていないという。

〔76話〕長者屋敷は、昔、長者の住んでいた跡であると言われ、そのあたりにも糠森(ヌカ森、黄金埋蔵伝説あり)という山がある。長者の家の捨てた糠によってできたという。この山中には五つ葉の空木があって、その下に黄金を埋めてあると、今もその空木の在処を探し歩く者がごく稀にいる。この長者は、昔の金山師であったのだろうか、このあたりには鉄を吹いた滓がある。恩徳の金山もここから山続きで遠くない。?

長者屋敷に住んでいた者の正体は、「遠野物語76話」で解き明かされます。この「遠野物語34話」では、長者屋敷はおどろおどろしい場所に仕立て上げられました。その詳細談ともいえる「遠野物語75話」も、そのまま読んでしまえばなんとも妖怪じみた話で終わってしまいます。さらに「遠野物語拾遺117話」に、次の話があります。

?〔117話〕野崎の佐々木長九郎と言う55、6の男が、木を取りに白見山に入り、小屋を掛けて泊っていた時のことである。ある夜谷の流れで米を磨いでいると、洞一つ隔てたあたりでしきりに木を伐る音が聞こえ、やがて倒れる響がした。恐ろしくなって帰って来ると、まさに小屋に入ろうとする時、「待てぇ」と引裂く様な声で何ものかが叫び、小屋の中にいた者も皆顔色が無かった。やはり同じ頃のことで、これは本人の直話であった。?

長者屋敷の怪異は、「遠野物語75話」では山女の逆夜這いともいえます。そうなると、「遠野物語35話」で「待てちゃァ」と二声ばかり叫んだのも、「遠野物語拾遺117話」で「待てぇ」と叫ぶのも、多少ニュアンスが違ってきます。享楽が目的なのか、はたまた多様な遺伝子を欲する本能的行為なのかはわかりませんが、怪異の影に艶っぽい話が隠されているようです。

狐憑き(中空を走る女)】

この「遠野物語35話」には、「谷を隔てた彼方の大きな森林の前を横切って、女の走り行くのを見た。中空を走るように思われた」とあります。まさに「中空を走る」という表現は、狐に憑かれた様な、この症状に適応したものであると思えます。

民間信仰においては、「狐憑き」の話は日本全国各地に見られます。キツネに憑かれた者は、精神病のように異常な状態になるものと考えられています。個人だけでなく、キツネが守護霊のように家系に伝わっている場合もあり、地方によっては管狐、オサキ、野狐、人狐が憑くことも狐憑きと呼ばれます。これらの家はキツネを使って富を得ることができますが、婚姻によって家系が増えるといわれたため、婚姻が忌まれました。また、憎い相手を病気にしたり、その者の所有物・作物・家畜を呪うこともできるといわれ、他の家から忌まれた結果、社会問題に繋がることもありました。これらのほか「稲荷下げ」などといって、修験者や巫者がキツネを神の使いの一種とみなし、修法や託宣を行うといった形式での狐憑きもあります。キツネに対する信仰の厚さは、キツネを稲荷神やその使いとみなす稲荷信仰、密教徒や修験者が行う荼枳尼天法、巫者や行者がキツネを使って行う託宣に示されており、これらの信仰を背景として狐憑きの習俗が成立したものと見られています。

また、現代医学的知見からの症例では、脳の疾患などで錯乱状態となることがあり、現代では狐憑きも脳の異常が原因と推測されています。2011年9月アメリカに留学中だった21歳の女性が、ある時から頭痛が頻繁に起こるようになり、全身から汗が噴き出すようになり、意識のない状態で「死んじゃう」と繰り返し、呼びかけにも応えられなく、体をのけぞらせ何者かに操られているかのように体を激しく動かします。その様子は、何かに憑りつかれたような激しい手足の痙攣と唇を突き出す顔面の発作的症状とで、「狐憑き・悪魔祓い」の対象にもなりました。医師の診断で少女は抗NMDA受容体抗体脳炎と判明し、日米の病院で根気強く治療を続け、回復までを実際の映像を交えて放送されました。

この「遠野物語35話」では、遭遇した男が夜の山での出来事であるから恐ろしさの余り、そういう風に感じたのかもしれません。この話で、「待てちゃァ」という呼び声も考えてみれば、誘拐された女が山に棲む男の家から逃げ出し、里の男を発見したために必死で声をかけた、「助けを懇願する」呼び声だった可能性もあります。